ピクサーの物語は、創造的であることの本質を見せてくれる

 写真はピクサーアニメーションスタジオの映画「カーズ」に登場する主人公ライトニング・マックイーンのトミカ(玩具。子供向けのミニカー)です。私の子供が大好きで、遊んでいるうちに塗装が禿げてきてしまいます。先週で同じものが何と3台目(バリエーションを含めると5台。トミカ以外を含めるともうわかりません)となりました。靴を履きつぶすように、ガチャガチャと遊びます。

ピクサーアニメーションスタジオの成り立ち

 ピクサーの映画を「ディズニーのアニメでしょ」と考えている方は結構いると思います。そもそものピクサーは、ルーカスフィルム社のコンピューター制作会社であり、コンピューターグラフィックスの高級ソフト・ハードウェアを扱っていました。当時の3DCGは実用に程遠く赤字部門であったため、その後スティーブ・ジョブズに売却されたのです。

 「メイキング・オブ・ピクサー」という本に描かれるピクサーという会社の成り立ちは、実にスリリングでクリエイティブな物語です。
メイキング・オブ・ピクサー―創造力をつくった人 デイヴィッド A.プライス (著), 櫻井 祐子 (翻訳)(amazon)

 ジョブズが手に入れた当時のピクサーは、アニメーション製作会社ではなく、医療領域等に特化したコンピューターグラフィックス専門の会社で、アニメ制作のノウハウなど全く持っていませんでした。しかし創業者であるエド・キャットムルとアルヴィ・レイ・スミスは「世界で最初の長編3DCGアニメーションを作る」という夢を持っていました。さすがのスティーブ・ジョブズも、自分の会社がアニメを作ろうとしているとは予測できなかったであろうと思うと、なんだかおかしい話です。

 アニメーション業界の主流からほど遠い彼らが、3DCGの長編アニメ「トイ・ストーリー」(配給元は当時別会社だったディズニー)で成功を収める物語はとても興味深く、イノベーションの本質をみせてくれます。豊かな知性と才能。それ以上の執念や機転の早さ。内外における対立や追放。そして幸運と不運の巡り合わせ。

「カーズ」というアニメ

 天才レーサーであるライトニングはプライドが高く、一匹狼を気取っていますが、友達が思いつかないほど孤独な車(人間?)です。しかし華やかなレースとかけ離れた片田舎に不本意に足止めをされ、馬鹿にしていた「田舎者」たちと触れ合うことで、彼らに親しみを感じるようになっていきます。物語のクライマックスにおいてライトニングが「他人のためにする」人間味あふれる選択は感動的で、ハリウッド映画の古き良きエンターテイメント性を正しく継承していると思います。

 自身が創業した会社であるアップルを追放された当時のスティーブ・ジョブズ。
 非常に優秀なコンピューター科学者だが、アニメのノウハウは全くわからず、夢を持ちながら赤字会社をやりくりする創業者のエド・キャットムルとアルヴィ・レイ・スミス(スミスはジョブズと対立し、袂を分かつことになります)。
 才能豊かなアニメーターでありながら、旧弊的なディズニーのやり方に抵抗してクビになった若きジョン・ラセター。

 みな一度は、成功者やエリートの階段を転がり落ちた人々です。カーズを含むピクサーの物語にはジョン・ラセターを始め、彼ら自身の姿が生々しく投影されているようです。

 ディズニーの一部となった今のピクサーアニメーションが、当初のように光り輝いているかと言われれば、正直よくわかりません。しかし、ピクサーを知った当時はまだいなかった息子と、今も一緒に新作を観ます。私は自分の子供が、私と同じようにライトニング・マックイーンの物語を愛してくれることを、とても嬉しく思っています。