糖尿病・腎臓病に関するムック本のデザイン・ディレクション

今年もできました。「がんサポート」の別冊として、糖尿病と腎臓病に関する情報を、私の仕事にしては珍しく一般の方向けに発信するムック本(全国腎臓病協議会推薦)です。毎年一冊出し続けて今年で五冊目となります。

よく表現するものについて言われることですが、「たった一人」を思い浮かべて、その人のために作れという言葉があります。駆け出しのデザイナーだった頃は、なるほどとは思いましたが、いつまで経っても実感としてさっぱりわかりませんでした。私にはその当時携わっていたお菓子やお酒、洋服の広告やデザインがなぜたった一人のためにあり得るのかよくわからなかったのです。心のどこかで「本当に誰の役に立っているのか」と疑問が残りました。端的にいって、文化的であることを敷衍するようなプロモーション活動には向いていなかったのかもしれませんし、マーケティング的にターゲットを想定する発想ができなかったのかもしれません。それでも「ビジネスとして」企業の方針に沿ってデザインをそつなくこなす「優秀な会社員」だったと思います。

でも今の私は、自分の仕事がたった一人の役に立つなら、顔の見えない誰かのためにでもやる価値があると考えることができます。自分が携わったものを数千、数万人の人がぱっとみる。ほとんどの人は無関心に通り過ぎるだけかもしれない。でもそのうちのたった一人でも二人でも、私が整理した情報が0.1秒でも早く伝わり、それが繋がっていけば、どこかで救える生命や変わる人生があるのかもしれない。大げさではなく、自分の仕事はそういったものなのだと思うようになりました。それは社会的責任が伴う仕事であり、単純にお金や名誉に還元できる価値ではありません。

そうすると、デザインで名を残すことに興味はなくなりました。長い間、デザイナーをやるからには有名にならなくてはいけないような、そんな空疎だけど焦りに似た気持ちがありました。しかし、そんなことは本当にどうでもいいことなのだとわかったときに、私は初めて自分のデザインを発見したように思います。自分が整理した情報が、ただ一人の人間の苦痛(精神的にか肉体的にか)を和らげる可能性だけに捧げる。それだけでよかったのだと。矛盾や無駄とも思える労力もたくさん使いますが、一緒に仕事をするチームにもその可能性を共有してもらう。規模の大小の問題ではなく、自分の仕事が誰かの希望になることを信じることができる。おそらく仕事とは本来的にそういったものではないでしょうか。この本もそういった類の仕事であってほしいと考えています。