日本人のヘルスリテラシー
※本記事は、ヘルスリテラシーに関する公開資料・研究を参考に、当社の視点で再編集したものです。
※より詳細な内容や一次情報は、原著論文・公式資料をご確認ください。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の治療法や医学的アドバイス、診断を推奨するものではありません。健康上の判断や治療については、情報を精査したうえで医療機関・専門家にご相談ください。
日本人のヘルスリテラシーを制度・教育・文化から考える(更新版)
ヘルスリテラシーとは
ヘルスリテラシーは、健康に関する情報やサービスにアクセスし、理解し、評価し、活用するための力を指します。これは「情報を読めるか」だけではなく、日常生活の中で情報を扱い、判断する際に必要となる幅広い能力と、そうした判断を支える環境(情報の出され方、制度、支援の有無)も含む概念として整理されています。
日本人のヘルスリテラシーの現状(国際比較の代表例)
国際比較でよく参照される研究として、欧州で開発された包括的尺度 HLS-EU-Q47 を日本語化し、日本と欧州8カ国の結果を比較した調査があります。
この比較では、一般的な指標(0〜50点に換算)において、
- 総合スコア平均:欧州8カ国 33.8点/日本 25.3点
- *「限定的(limited)」=不十分(inadequate)+問題あり(problematic)**の割合:欧州8カ国 47.6%/日本 85.4%
という差が報告されています。
また、同じHLS-EU-Q47を用いたアジア6カ国(例:台湾、マレーシア等)の調査では、総合指標の平均が概ね 29.6〜34.4点の範囲で示されており、(上記の日本の25.3点と比べると)日本の値が低い位置にある、という整理が可能です。
数値を読む際の注意点(重要)
上記のような国際比較は示唆に富む一方で「国ごとの調査方法やサンプルの違い」が結果に影響し得ます。
- 日本の調査はウェブ調査であり、欧州は主に面接調査で実施されています(方式差による影響があり得る)。
- 日本側サンプルはウェブモニター登録者に限定されるため、サンプルバイアスの可能性が議論されています。
- そもそもHLS-EU-Q47は「主観的にどれくらい難しいと感じるか」を問う設計で、個人の能力だけでなく、情報提供のされ方や制度・環境の難しさも反映し得る、という前提があります。
したがって、ここで言う「低い」は、単純に個人の努力不足というより、情報・制度・コミュニケーションの設計も含めた“難しさ”が大きいことを示す可能性があります。
なぜ課題が生じやすいのか(制度・教育・文化)
1) 制度:プライマリ・ケア/受診の入口の設計
比較研究側では、日本と欧州の差の背景要因として、プライマリ・ケア(家庭医・かかりつけ医的な機能)や、信頼できる相談先へのアクセスが論点として挙げられています。
加えて日本では近年、かかりつけ医機能を明確化し、地域での協議や情報提供を進める制度整備が進んでいます。たとえば、法令上の施行期日として、かかりつけ医機能に関する枠組みの一部が2025年4月1日とされていることが示されています。
医療界側でも、2025年4月からの「かかりつけ医機能報告制度」施行を前提とした研修要綱が公表されています。
(※制度整備=直ちにヘルスリテラシー向上、という単純な関係ではありませんが、「相談先の見えやすさ」「情報の受け取り方」に影響し得る領域として位置づけられます。)
2) 情報環境:信頼できる健康情報への到達のしにくさ
研究では、日本では「信頼性が高く理解しやすい健康情報へのアクセス」が課題になり得る点が指摘されています。
一方で日本にも、公的機関が運営する情報提供(例:厚生労働省系の健康情報提供)や、テーマ別の情報資源は存在します。近年は、従来「e-ヘルスネット」として提示されていたサイトが別のシステムへ引き継がれている旨も案内されています。
現状の論点は、「有無」よりも、
- 情報が分散していて探しにくい
- 更新日や根拠の見え方が統一されていない
- 専門家向け一次情報(論文・ガイドライン)は一般の読者に負荷が高い といった到達性・可読性・透明性の設計に寄ってきています。
3) 教育:知識偏重になりやすい構造と意思決定スキル
学校教育や社会教育の中で、健康に限らず「情報を比較し、根拠と限界を理解し、判断する」訓練の機会は偏りが生じやすい、という問題意識があります。ヘルスリテラシーが「理解」だけでなく「評価」「活用」まで含む概念である以上、学習機会の設計は重要な論点になります。
4) 文化:権威・同調・コミュニケーション様式
文化的背景として、権威ある情報(専門家、行政、既存メディア等)への依存や、集団の調和を優先して異論や不確実性を扱いにくい場面がある、という見立てもあります。これは個人の性格の問題というより、意思決定の前提(何が「言いやすい/聞きやすい」か)として効いてくる可能性があります。
ヘルスリテラシー向上をめぐる重要論点:行動の誘導ではなく、判断の質の担保
ヘルスリテラシーを扱う上で注意したいのは、「望ましい行動」を一方向に促すことが目的化すると、根拠が弱い推奨や恣意的な誘導に近づきやすい点です。ヘルスリテラシーの中核は、受け手が納得できる形で情報を扱い、判断できる条件を整えることにあります。
当社としては、健康情報を扱う際に少なくとも次の観点が不可欠だと考えます。
1) 根拠の明示(エビデンスの“見える化”)
- どの研究・データに基づくのか
- 研究の種類(観察研究か介入研究か等)
- 推定される効果の大きさと不確実性 を、読者が追跡できる粒度で示すこと。
2) リスク・ベネフィットの両提示
健診、ワクチン、生活習慣などを扱う際、便益だけでなく、限界(誤差・例外・過剰診断等)や前提条件(対象集団、実施条件、費用・負担)も併記し、読み手が比較できる状態にすること。
3) 情報源と透明性(発信者側の説明責任)
- 作成主体、監修体制、利益相反の有無
- 更新日と更新方針
- 参照したガイドラインや合意文書 を明示し、検証可能性を確保すること。
4) 受け手の主体性の尊重(異論・論点の提示)
「なぜ推奨されるのか」だけでなく、「どこに議論や異論があるのか」「どの条件では当てはまりにくいのか」も併記することで、批判的に読むための材料を提供すること。
また、ヘルスリテラシーは個人の能力だけでなく、組織や制度が“理解しやすく使いやすい”形で情報やサービスを提供できているか、という側面も含めて捉えられています。
専門家と一般市民の協働が不可欠
従来は、専門家が「教える/指導する」形の一方向コミュニケーションに寄りがちでした。しかし、受け手が実際にどこでつまずき、何に不安を感じ、どの表現を誤解しやすいかは、生活者の文脈を踏まえないと把握できません。
理想は、専門家と市民が「発信者と受け手」を超えて、
- 情報の分かりやすさ
- 根拠の示し方
- 使いやすさ(検索性・比較可能性)
- 誤解が生じやすいポイントの検証 について、共同で改善していく関係です。
参考文献・参考リンク
- World Health Organization (WHO)
Health literacy
- World Health Organization (WHO)
Health literacy development for the prevention and control of noncommunicable diseases
- Nakayama, K. et al. (2015)
Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe: a validated Japanese-language assessment of health literacy
BMC Public Health
- HLS-EU Consortium (2012)
Comparative Report of Health Literacy in Eight EU Member States
- Duong, T. V. et al. (2017)
Health literacy in Asia: A population-based study in six Asian countries
Health Promotion International
- 厚生労働省
かかりつけ医機能の制度化について
- 日本医師会
かかりつけ医機能研修制度について
- 厚生労働省
健康・医療に関する情報
- 厚生労働省(e-ヘルスネット)
- 健康を決める力
日本人のヘルスリテラシーは低い
