創業家会社は面白いんだけど

創業家会社は、独自性やリーダーシップに優れる一方で、意思決定プロセスが十分に構造化されていない場合がある。
創業家の直感、価値観、経験が会社の個性をつくり、事業の推進力になることは少なくない。実際、創業家には圧倒的におもしろい人が多く、その人物性や発想の豊かさが会社の魅力そのものになっていることもある。
ただし、その魅力が強いほど、組織としての意思決定が個人の判断や非公式な関係性に依存しやすくなる。誰が決めたのか、なぜそう判断したのか、どこまでが会社の意思でどこからが創業家の意向なのかが見えにくくなることもある。そして、それはクリエイティブのような曖昧とも捉えられやすいプロセスにおいて、非常に出やすい。
また共通する特徴として、ステップが可逆的すぎる、何気に支払いは良いというのがある。以前私にウェブサイト構築の依頼をしてきたクライアントがいたが、二転三転して、決定しなかった。その後10年近く経つがまだ変わっていない。普通の会社だったらまず有り得ない。
私も何度か辛酸をなめたがクライアントとして向き合う場合には、正直なところ、場合によっては大変手こずる。論理だけでは進まないし、制度だけでも割り切れない。けれども、その厄介さの中にこそ、創業家会社ならではの生命力や面白さがある。
創業家の個性やリーダーシップを否定するのではなく、それを会社として説明可能な意思決定構造の中にどう位置づけるか。創業家の面白さを経営資源として活かしながら、透明性、説明可能性、責任の所在を確保すること。そこに創業家会社ならではの強さと難しさがある。
そして結局のところ、私はその創業家マインドが好きなのだと思う。整理されきっていないからこそ生まれる熱量や、合理性だけでは説明できない突破力に、会社というものの面白さを感じる。
そして、いちばん手強いのは創業家本人ではなく、ナンバー2やナンバー3の人だったりする。創業家の意向を読み、組織の空気を守り、時には本人以上に慎重に、あるいは強く動く。その存在が、意思決定の輪郭をさらに複雑にする。