経緯の整理 ── ある契約解除について
事実関係を整理したいと思います。
これは告発ではありません。私が確認できる事実と、そこから残った問いの記録です。相手方の名称は記しませんし、個人を特定する意図もありません。問題にしたいのは特定の誰かではなく、そこにあった「構造」だからです。
なお、以下に記す相手方とのやり取りは、いずれも書面(メール)として当方の手元に残っているものですが、守秘義務その他の法的義務に配慮し、文面をそのまま転載することはせず、その内容を私の言葉で要約して記します。事実関係に争いが生じた場合には、しかるべき手続きの中で原文をもって示す用意があります。
前提
この仕事の始まりは2023年11月に遡ります。相手方の代表者と私は旧知の間柄であり、依頼は直接受けました。
2025年6月に業務委託契約を締結し、法人のリブランディングに関するクリエイティブコンサルティングおよびWebサイト構築業務を進めてきました。2026年3月末の打ち合わせでは、Webサイトを同年7月末までに完成・納品することで双方合意しています。
一方で、私自身の事情も記しておきます。私はパーキンソン病であり、この間、一ヶ月以上の入院を経験しました。症状は自分の想定より速く進行し、一日のうち何時間も座っていられない時期がありました。プロジェクトが当初の予定どおりに進まなかったことについて、私にまったく責任がないとは言いません。
5月30日 ── 私からの開示
だからこそ、正式な通知に先立って、5月30日、私の方から代表者宛に内々の連絡を入れました。要点は次のとおりです(こちらは私自身の文章なので、原文の要旨をそのまま記します)。
- 入院・退院を経て、今期末(6月末)を区切りに会社の運営体制を見直す予定であること
- 自分の病名と、症状の見通しが自分でも正確には分からないこと
- 進行中の案件は7月末納品に向けて全力で取り組んでいるが、体調面で不安をかけている部分があれば、継続の可否を率直に判断してほしいこと
- 継続しない判断であっても、必要な整理や引き継ぎは責任を持って行うこと
- 不安な点や確認したい点があれば率直に知らせてほしいこと
つまり、判断材料を先にすべて相手に渡し、判断を相手に委ねました。
この連絡に対する返信は、ありませんでした。継続についての懸念も、体制についての質問も、引き継ぎについての相談も、私は受け取っていません。
6月10日 ── 解除通知
11日後の6月10日、代表者本人ではなく、ご担当者の名義で契約解除の通知が届きました。内容を要約すると次のとおりです。
- 納期まで2ヶ月を切った現時点でも法人の意図が反映されず、成果物の品質が求める水準に達していないため、期日までの完成・公開は客観的に困難と判断した
- よって本契約は同日付で解除し、現在の未完成の状態をもって終了とする
- 費用の清算として、コンサルティング料は支払済み。そして──現時点で検収(承認)に至った成果物は存在しないため、ロゴ・サイト・名刺・封筒等の成果物に対する報酬は発生しない
- ロゴおよび名称について進行中だった商標出願は取り下げてほしい。出願費用は請求してよい
- 5日後までに、この認識に相違がないか返信で確認してほしい
協議の提案ではなく、結論の通知でした。
ここで立ち止まった理由
契約を終える判断そのものは、相手方の権利です。私の入院が業務に影響したことも否定しません。私が引っかかったのは、結論ではなく、次の二点です。
第一に、過程。 5月30日に私はすべてを開示し、判断を委ね、引き継ぎまで申し出ていました。それに対する応答は一切ないまま、11日後に、本人ではない名義で、協議抜きの解除通知が届いた。
第二に、整理の内容。 「検収に至った成果物は存在しない」──しかし、ロゴとVI(ビジュアル・アイデンティティ)は既に提出済みで、ガイドラインも納めていました。さらにそのロゴと名称については、相手方から正式な依頼を受けて、図形商標・文字商標の出願まで進めていたのです(依頼の記録は手元にあります)。
承認していないロゴの商標出願を、なぜ費用をかけて依頼したのか。出願を依頼する程度に採用を前提としていたなら、なぜ終了時には「検収された成果物はない」ことになるのか。
「成果物は存在しない」という整理は、報酬の話である以前に、そこにあった仕事と創造的経緯そのものを消す言葉でした。
6月11日 ── 私からの返信
翌日、私は事実関係の確認を求める返信を送りました。要旨は次のとおりです(私自身の文章です)。
当方が最も重く見ているのは、金額の多寡ではなく、事実関係の整理です。ロゴやVIが一定の成果物として扱われ、商標出願の段階まで進んでいたにもかかわらず、「検収に至った成果物はない」と整理されている点に強い違和感があります。出願費用をお支払いいただくのであれば、その前提として依頼・受領・業務の実体が存在したはずです。逆にそれが無いと言うなら、なぜ費用を負担されるのか──説明の整合性が問われます。小さな会社にとって、自分たちの仕事の実体を曖昧にされることは、金銭の問題ではありません。会社としての信用、誇り、アイデンティティに関わる問題です。
6月12日 ── 訂正とお詫び
返信は翌日、今度は法人の本部長の名義で届きました。要約します。
- 今回の結論に至ったことについて、法人を代表して詫びる
- 「検収に至った成果物はない」という表現は適切ではなく、誤解を招く内容だったことを詫びる
- ロゴおよびVIは確かに受領しており、承認・活用を前提として進めてきた認識である
- 商標出願もその延長線上で進めてもらったものである
- これらの業務の実体や成果を否定する意図は一切ない
- 趣旨はWebサイト構築を含むプロジェクト全体の契約終了であり、提供された業務や成果物の存在そのものを否定するものではない
- 本件を対立的にしたくはなく、冷静かつ誠実に整理したい
──つまり、「検収に至った成果物はない=報酬は発生しない」という当初の核心的な整理は、通知の2日後、相手方自身の手で撤回されたということです。
私はこの訂正を重く、そして前向きに受け止めました。ここまでは、組織として誠実な応答だったと思います。
6月12日〜16日 ── ロゴの扱いをめぐって
同日、私は次の趣旨を返しました(私自身の文章の要旨)。
- ロゴ・VIはWebサイトのみの制作物ではなく、法人全体のブランド資産である。Webサイト構築の継続可否とは切り分けて整理できるはず
- 受領・承認され、商標出願まで進んだロゴ・VIを活用することは合理的な選択肢になり得る。使用しないのであれば、その理由を確認したい
- この協議は追加費用を求める趣旨ではない
これに対し6月15日、本部長名義で「ロゴ・VIの提案は受領し検討を進めてきたが、今後の使用可否は代表者への確認事項であり、法人として判断に至っていない。活用方針も、使用しない場合の理由も、現段階では答えられない」との返信がありました。
6月16日、私は「判断を待つ」旨を返信し、あわせて次の点を書面に残しました。
- プロジェクトの未完了を、当方の体調面・制作進行上の事情のみに帰する整理は、事実として正確でないこと(Web構築に必要なコンテンツ・原稿等は相手方が主体的に作成・整理する前提の部分があり、当方が独自に確定できるものではなかった)
- 体調や健康に関する事情は個人の尊厳とプライバシーに深く関わる情報であり、慎重に扱われるべきこと
- 当方としても、守秘義務その他の法的義務に配慮し、事実関係を適切に整理していくこと
その後
このやり取りを最後に、相手方からの連絡は途絶えました。
7月1日、私は代表者宛に、一度お話を伺いたい、日時・場所はご都合に合わせる、当日はこちらから伺う、という趣旨の連絡を入れました。
これにも返信はないまま、7月3日の正午を過ぎました。6月16日から数えて、23日間の沈黙です。
残っている事実と、残っている問い
確認できる事実を並べます。
- 5月30日、当方は病状と体制を開示し、継続可否の判断を相手方に委ねた。応答はなかった。
- 6月10日、協議なく、同日付の解除通知が届いた。そこには「検収に至った成果物は存在しない=報酬は発生しない」という整理が含まれていた。
- 6月12日、その整理は「適切でない表現だった」として相手方自身により撤回され、ロゴ・VIの受領、承認・活用を前提とした進行、商標出願の経緯が、書面で認められた。
- ロゴ・VIを実際に使用するか否かは「代表者の確認事項」とされたまま、以後、応答がない。
私が問いたいのは、訂正されたこと自体ではありません。訂正は、むしろ誠実な対応でした。問いはその手前にあります。
最初に「成果物は存在しない」と書いた判断は、どこから来たのか。 それは言い間違いのレベルではなく、そこにあった仕事と、人と、交わされた創造的な経緯を、終了の手続きの中で消去する言葉でした。指摘されれば2日で撤回される程度に整合性のない整理が、なぜ一度は組織の公式な通知として送られ得たのか。
そしてもう一つ。受領し、承認を前提とし、商標出願まで進めた成果物を「使うかどうか」の判断が、なぜ23日間、宙に吊られたままなのか。
ブランドとは何か
デザイナーとして多くのブランドに携わってきましたが、ブランドの本質は、小綺麗なロゴやスローガンではありません。見えないところで手を抜かないことです。
誰も見ていない場面で、自分たちの基準を裏切らないこと。弱い相手、目立たない相手、表に出ない関係にも、同じ倫理を適用すること。「見えていない部分にも、同じだけの誠実さが注がれている」と信じられること。それができているなら、極論、VIもCIも要らないのです。
本当のブランド毀損は、炎上でも悪評でも検索結果でもなく、自分たちの掲げた理念を、自分たち自身が裏切った瞬間に起きます。世間が騒がなくても、身内の出来事でも、その瞬間に、ブランドの中で決定的な何かが壊れる。
今回私が経験したことが、その「瞬間」に当たるのかどうか。それを判断するのは私ではありません。事実を整理し、問いとして残すことが、私にできることのすべてです。
私には、今回押し返すだけの言葉と記録がありました。しかし、私より小さな立場の人が同じ構造に遭ったとき、押し返せるとは限りません。この記録は、そのために残します。
