メディカル分野に限らず、お客様の中には「普通でいいから、好きにやってほしい」と頼んでくる方がいらっしゃいます。世の中の多くの人は「ものすごいデザイン」を期待しているわけではなく、「普通でいい」と考えているのだと思います。無論、病院やクリニックなどは派手である必要はありません。ですが結論から言うと、これは結構難しい。
大抵の場合、「普通」というのは、その当人の、主観のど真ん中ということです。医療分野のデザインにおいてですら、そのイメージはとても幅広いのです。それを何も知らずに「手を動かす作業」という意味合いでのデザインを進めることは、地図を持たず頂上もわからないまま山登りをするような危険な作業と言えます。
髪を切りに行くことを例に考えてみましょう。初めて髪を切りに行った美容院や床屋で、あなたは「普通でいいです」と言うでしょうか。中学生ならまだしも、大人はそういった頼み方はしないと思います。それはあなたが「普通」の幅広さを十分承知しているからです。
もちろん美容師さんもプロですので「普通でいいです(=自由にやってください)」と言われればプライドを賭けて、あなたの髪を切ろうとするでしょうが、どのような髪型になるか全くわかりません。ばっさりショートでも普通ですし、七三分けでも普通です。「髪型にはこだわりはない」という方でも、七三分けでもベリーショートでも構わないという方はいらっしゃらないでしょう。
それは既に「普通」であることに、あなた独自のこだわりや基準が存在しているということです。「普通」とはまさに一人一人で違う「無理なくあなたに寄り添う価値観」なのだと言えます。
デザインのプロセスとは「普通ってなんだ?」と考えることがスタートラインです。まず、あなたの中の「普通」を見つけること、その目安を作ることです。
具体的には、あなたがパンフレットなりホームページなりを作りたいと思ったら、まず既に作られたものの中から「こういうのがいい」というものを見つけることです。それも一つではなく、最低でも5つとか、可能ならばもっと。一つでは、ただその会社なり製品なりが好きなだけかもしれませんし、3つくらいでも、あなたの趣味趣向だけになってしまうことがあります。5つくらい見つけることが出来たならば、あなたの考えにある種の社会性・客観性が出来ているということです。
「デザインはわからない」とおっしゃる方もいますが、ただ見るだけでもいいので見続けることです。きっと「これは好き」「これは嫌い」というものがでてくると思います。まずはそれでいいのです。そのプロセスが、あなたの中のデザインに対する思考を育みます。
「こういうのは絶対に嫌だ」というものも見つけておくとよいでしょう。人間は好きなものを探すより、嫌いなものを探す方が得意ですので、そちらの方が案外愉しくできるかもしれません。よく「良い物を作るには、良い物を見ろ」と云いますが、同じくらい悪いものも知るべきです。悪いものは何がいけないのかと考え、良い物と悪い物を相対的に捉えることで、あなたの中に客観性のあるデザイン観が出来上がるのです。それは必ずしも論理的なものである必要はありませんが、ある程度の数があった方が確かです。「デザイナーにイメージを伝える」ということは、そういった具体的なプロセスを経ることなのです。