先日久しぶりに病院に向かう案内図をデザインしました。デザイナーではない方々は「地図をデザインする」とは、どのような作業だとお考えでしょうか。
現代はウェブサイトにはGoogleMapを埋め込んでおけば問題ないし、「地味な作業」「瑣末で機械的なもの」「クリエイティブではない」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、地図にはデザイナーの実力が如実に出ますし、デザインの本質的なエッセンスがあります。
自身の若い頃、地図は難しい、綺麗でわかりやすい地図を作ることができる人が羨ましいと感じていたことを思い出しました。
地図は当然ながら、「目的地へのアクセスを明快に理解してもらう」という目的があります。そこではデザイナーが恣意的な地図を作り上げることはできません。しかし、逆に近くにあるものを全て書き込んだらわかりやすい地図になるわけでもありません。でしたらGoogleMapの方がずっとみやすいということになります。
デザイナーが地図を作るということは、ほとんど直感的にその場所が理解できるということです。直感的とは、見た人に「あぁ、あそこね」とすぐに伝わるということです。
その為には、ランドマークとなる建物は何か、微妙に曲がっている道は本当に必要なのか、小道はどこまで表示したらよいのかという取捨選択が必要となり、そこにデザイナーの実力が表れます。細かくごちゃごちゃとした地図では何も伝わりません。しかし、あまりに省略してもわからなくなってしまう。
「そこにしかない」ブランドイメージと「地図としてのわかりやすさ」のために本当に必要な情報とは何なのか。そのバランスを測るということなのです。
ブランドというと、ラグジュアリーブランドを中心とした高級感を想起しがちです。しかしよく言われるように原義的には家畜を区別するための焼印であり、そこから「他と自分を分けるアイデンティティ」のことです。ポジティブなイメージであることから信頼感と言い換えてもよいでしょう。全ての事業に信頼感は必要であり、地図はまさにそのためにあります。
同じことは名刺にも言えます。名刺はどのような名刺でも情報としてはシンプルです。場合によってはウェブですぐ調べることができるし、もはや要らないと考える人も多いかもしれませんね。
それでも必要とされる名刺とは、情報を「伝わる」形にしたもの。シンプルなものを整理するとき、デザイナーの実力は如実に表れます。
デザインされた名刺とは派手でわかりやすい表現や印刷を施すということではなく、情報のバランスが細部まで緻密に測られているということで、それが信頼感=ブランドにつながります。
紙媒体とウェブ媒体の決定的な違いは、紙は極薄の平面でも物質として確かに存在する信頼感をデザインできることです。ウェブサイトはスマホとPCで見栄えが変わるのは勿論のこと、それぞれの機種におけるフォントや画面サイズで1文字単位、1ピクセルの単位でズレていき、データ上は全く同じ色でもディスプレイによって変わって見えます。ウェブデザインとはその意味でゆらぎをデザインするということです。
現代においても紙媒体がなくならないのは、ブランドやアイデンティティの核となる揺るがない信頼感をデザインすることが可能だからです。ただの地図、ただの名刺ではなく事業そのものの信頼感や、隅々まで行き渡る高い意識を表現できます。
ウェブは端的に言って「便利」で「早く」「誰でも使える」から広まりました。しかし個人や事業の「たったひとつしかない」アイデンティティを表現する手法としては、グラフィックデザインで培われた紙媒体の成熟度には到達していません。
利便性は技術の進歩とともに日進月歩ですが、文化的な成熟度はコストばかりではなく時間をかけないと、どうしても育たないものなのです。それは人間や個性がどれだけテクノロジーが進歩してもすぐに出来あがるわけがないことと同様です。
アプリケーションの機能に依存する「便利」なものは時代とともに「より便利」なものに淘汰されるでしょう。しかしデザインの本質とは、情報やアイデンティティの揺るがない核となる信頼感を表現するものであり、グラフィックデザインはそのために今も有効な手法なのです。