マルタン・マルジェラに私が見たこと

10年以上前に妻が買ってくれたマルタン・マルジェラの財布がある。

私の無精もあり、人にいやな顔をされたこともあるほどボロボロである。

そもそもハイファッションに詳しいわけでもないし、情熱を注いでもいない。

自分でメゾンをやっていたマルジェラとは、立場も華やかさも全く違うし、私は日本の片隅でのたうち回っていただけだ。

私がマルジェラにインスパイアされ、その思想を自分のデザインに生かしていたかといえば大いに疑問で、点数で表すならば0点がふさわしいだろう。

ただ、私はマルタン・マルジェラに(当人の意図ではないかもしれないが)デザインをコンセプチュアルにとらえていいということを学んだ、というより、それを見た。

「これがアリなのか」「そういうやり方なら(真似)出来るかもしれない」と。

グラフィックとかファッションとかプロダクトとかジャンルは意味がなくて、そういう誰かの「動機」となるようなデザインだけが、少なくとも自分には意味を成すように思えた。

そして「人とは違うことを望む」「流行らないことをやる」覚悟を決められた気がする。

世の中をなぞらえるだけではなく、ときには少年のような無邪気さ、明晰さで世の中に反抗するアイディアを人に与える。

この十数年間、それが私を動かす「動機」の一部となっていたとは言えると思うし、0点の答案を保持したままデザイナーとして生き延びた。

そして最近、ああでもないこうでもないと考えた末、またマルタン・マルジェラの財布を買った。

マルタン・マルジェラの衣類などは一着も持ち合わせていないし、所詮は財布だ。

すでに当人は引退しているし、ささやかな返礼にすぎないが、「これでいいかな」という感じもあったりする。